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ファイナリストスペシャル対談Vol.3(2021.2)

2021年2月のスペシャル対談ゲストは、2008年の第5期宇宙飛行士選抜試験において、JAXA宇宙飛行士選抜事務局長を務めた柳川孝二さんです。第5期選抜の舞台裏含めてそのすべてを知る柳川さんが語る、初の試み満載だった第5期選抜試験を振り返っての裏話が満載です。そして柳川さんが第6期選抜に期待すること、そして新しい宇宙飛行士に求めるものとは?
今回は宇宙飛行士を選抜する側の視点から、宇宙飛行士選抜の秘密に迫ります!お見逃しなく!!

※対談の様子は動画にも収録しています。記事の最後から閲覧できます!

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はじめに

内山崇:今日は3回目のスペシャル対談ということで、本日もどうぞよろしくお願いいたします。内山です。
今日はですね、大先輩の柳川孝二(やながわこうじ)さんに来ていただいております。

柳川孝二:初めまして。柳川と申します。私の生まれは1951年ですから、皆さんのお父さんと同じぐらいの世代かなと思います。JAXAの前身のNASDAに1977年に入社しました。当時はロケットを国産化する動きがあり、ロケットエンジンの開発を担当しました。「LE-5」と言いまして、今でもその改良型が飛んでいる非常に優秀なロケットであります。

開発がひと段落した頃に、アメリカのボストンに1年間行きまして、そこでロケットの研究をしていました。その頃に宇宙ステーションで動きがあり、宇宙ステーションの推進系の勉強をしました。帰国後は国際宇宙ステーションの開発が動き始めて、スペースシャトルを使った実験を担当し、そこから宇宙飛行士とのお付き合いも始まりました。

それから色々あり、ずっと宇宙飛行士の担当でした。そして2008年の宇宙飛行士募集の担当もやりました。今はもう定年して快適に過ごしております。

内山:ロケットエンジンから入って宇宙ステーションの初期、そこから日本の宇宙飛行士を生み出すところから有人(宇宙開発)関連の仕事をされていたんですね。

柳川:そうです。最初に毛利さん、向井さん、土井さんが選ばれた時は、直接は関わってはおらず、宇宙基地(宇宙ステーション)に関わっていました。

内山:そして、僕が受験した第5期宇宙飛行士選抜試験の事務局長ですよね。選抜のとりまとめ役で宇宙飛行士選抜の全てを知っているということで、今日は非常におもしろい話が聞けるのではないかと思っています。

柳川さんは2015年に「宇宙飛行士の仕事」(中公新書)という本を書かれています。油井さんが宇宙ステーションに行った時と同じタイミングですね。この本を読んで「こんなに厳格に受験者に評価を付けて選抜していたんだ」と思いました。「どういう選抜がやられているのか」詳しいところが知りたい方は、ぜひご覧ください。

早速ですが、第5期では、まずコマンダーを選びたいという目的があって行われたと思います。あれから12年が経ちました。若田飛行士がコマンダーをやり、星出飛行士も次はコマンダーですね。そして時代が変わり、宇宙ステーションから今度は月ですね。13年の時が経って、久しぶりにJAXAに新しい宇宙飛行士を迎えようとしています。
そして実は今回、柳川さんに第5期当時の宇宙飛行士募集のポスターを持ってきて頂いています。

柳川:当時募集に使っていたポスターです。当時はいろいろ話があったんですけれども。我々担当者レベルでは、宇宙ステーションだけに留まらず「将来は絶対に月に行くんだ」ということで、ポスターに小さく月を描いています。
当時は月に行きたいなんて言うといろんな人から怒られてしまうので…。小さく勝手に入れました(笑)

内山:実は受験者にもその思いは伝わっていて、その先には月があるっていうのは皆頭の中に持ちながら目指していました。

柳川:そうですよね。当時の資料をひっくり返していたら、筑波で行われた一次試験の歓迎スピーチの原稿には「月に行きましょう」と書いてありました。

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新しい宇宙飛行士に求められるもの

内山:それが2020年以降と書かれていたのはぴったりですね。新たな宇宙飛行士を募集するにあたって、どういった宇宙飛行士を期待しますか?

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Takashi UCHIYAMA/内山崇

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2008(~9)年第5期JAXA宇宙飛行士選抜試験ファイナリスト。宇宙船「こうのとり」初号機よりフライトディレクタを務め、9機連続成功に導く。現在、新型宇宙船開発に携わる。趣味:バドミントン、ゴルフ、虫採り(カブクワ)。宇宙船よりコントロールの効かない2児を相手に、子育て奮闘中。