ファイナリストスペシャル対談2020.12(前編)
今月からマンスリーでお届けするつもりの(笑)ファイナリストスペシャル対談の第1弾(前編)です。お相手は、同じく第5期ファイナリスト、ANAパイロット(機長)の白壁弘次さんです。ぼくもまだ聞いたことのない、12年間話すことができなかった突っ込んだ話とともに、ファイナリストしか話すことができないファイナリスト談義をお楽しみください!
※対談の様子は動画にも収録していまして、記事の最後にて閲覧できます
はじめに
内山 今日はよろしくお願いいたします。僕は今回、「宇宙飛行士選抜試験ファイナリストの消えない記憶」という書籍を出させて頂きました内山と申します。「こうのとり」宇宙船のフライトディレクタをやっています。今回、12年前の宇宙飛行士選抜試験の挑戦というのを、本に書いたんですけれどもこの本について、他のファイナリストの人たちに色々とお話を聞きたいなという気持ちも実はあって…。
僕この書籍のなかでたぶんお話したことない内面を結構さらけ出している部分もあって、結構つらい体験だった部分もあったんだけれども、僕らってたぶんすごい仲良くさせてもらっていて、決してなんていうのかな…辛かった、自分達の中に秘めていた心の葛藤ってあんまり共有はしていなくて「あ、楽しかったね」って言ってたようなことが多かった中で、たぶんそれぞれに抱えてた葛藤とか、それを乗り越えてきたっていう部分、そんなあたりの話も実はこの本を通じて聞いてみたいな、この本をきっかけに聞いてみたいなっていう気持ちも実はあったりして…。
皆さん各分野で活躍されている中で、ちょっと今回トップバッターとしてファイナリストの「白壁さん」をお呼びいたしました。
今日は白壁さん、よろしくお願いいたします。
白壁 よろしくお願いいたします。
内山 ばしっとスーツで(笑)。
白壁 ええ(笑)。
内山 僕も合うように一応、管制官の時の制服という形で来させていただきました。
で、最初は12年前の宇宙飛行士選抜試験の挑戦について僕は書籍を出して、WEBでの連載中なんかも、たぶんちょっと読んで頂いたのかなと思ってるんですけれども、そんな話をお聞きしながら進めさせていただきたいと思ってます。
じゃあ、最初に白壁さんの自己紹介をしていただいてもよろしいでしょうか。
白壁 はい、分かりました。私は今、ANAのフライトオペレーションセンターというところでボーイング737の機長をやっております。入社は1997年ですから、もう20年以上パイロットをやっております。出身は長崎県の佐世保市で大学は大阪大学に行っておりました。そこから元々「エアーニッポン」という会社があったんですけれども、ANAグループ会社ですね。そこにパイロットとして入りまして、その後会社が統合しまして、今はANAでずっとパイロットをやっているというところです。
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