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前編:ぼくが書籍を出したいと思ったきっかけ

このものがたりは、スペースシャトルにあこがれて宇宙エンジニアになったぼくが、小さいころからの夢「宇宙飛行士」になるために全身全霊を傾けて挑んだ10か月におよぶ『宇宙飛行士選抜試験』への挑戦と、そして、その後の12年の葛藤を描いたものだ。宇宙飛行士選抜試験の受験者目線での追体験とともに、夢を追って挑戦することの熾烈さ、それを超越した素晴らしさを多くの方に感じて欲しいという想いを込めました。

きっかけ

それにしてもなぜ12年も経ってから世に出そうと思い立ったのか?もしかしたら不思議に思うかもしれない。
きっかけは今から2年前、2018年の年末までさかのぼる。

宇宙飛行士選抜試験を一緒に戦い、その後の10年を共に歩んできた新世代宇宙飛行士の3人全員が宇宙ミッションを終えた。油井さんが2015年、大西が2016年、そして金井さんが2018年6月に帰還。
そして、ぼくがリードフライトディレクタを務めた「こうのとり」7号機が、初の物資回収カプセルミッション含め、「こうのとり」史上最高のパーフェクトミッションとして締めくくったのが2018年11月。
ぼくの人生史上最大の挑戦からちょうど10年の節目に、3人がISS長期滞在ミッションを完ぺきに終え、大きな区切りがついたと感じていたところに、ぼく自身のフライトディレクタとしての「こうのとり」ミッションという大仕事を終え、ぼくの心の中にぽっかりと隙間ができていた。
このときぼくは、夢であった宇宙飛行士に対する想いをもやもやとしたまま持ち続けていた。いや、捨てきれないままにいた。気持ちの整理をしきれないままに、10年という月日が経ってしまっていた。
そういうタイミングだった。

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ぼくは思い立った。
ぼくは抱えているこのもやもやした夢の塊と決別し、新たな夢と堂々と向き合いたいと思った。引きずってきた宇宙飛行士への想いに、区切りをつける時が来た。
この10年を振り返ってみると、ぼくの夢への向き合い方は少しずつ変化していた。
同期ともいえる選ばれた3人が、候補から宇宙飛行士になり、ミッションアサイン(任命)され、宇宙に旅立った。その3人から刺激を受けながら、選ばれなかったぼくたち同志も切磋琢磨し刺激し合いながら、それぞれのフィールドで成長してきた。そして、ぼくの生活にも大きな変化があった。結婚し、子供も2人生まれ、育てている。

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ただ、何がどう作用して、ぼくの気持ちがどう変わってきたのか、ぼくの中でも明確には認識できていなかった。あまりにもたくさんのことがあったので、そのひとつひとつを紐解いていけば、客観的に分析し、整理できるかもしれない。
そのために、この楽しくも辛かった10年を、真正面から振り返る決意をした。

この決意は、ぼくの中では大きなものだった。
正直に言うと、初めてメディアの密着を受けた2008年の宇宙飛行士選抜試験以降、テレビや書籍、取材など、かなりの選抜関連のものが世に出ていたが、まともに見ることができなかった。見る気が起きなかったのだ。
受験者ではない、“試験を周りで見ていた人たち”からとやかく評されるのを受け入れたくない気持ちがあった。プロ野球選手が、とやかく言う解説者に対して抱く感情に近いかもしれない。
もしまともに振り返るときが来るとしたら、それは次のチャレンジが決まったとき、つまり次の募集が出されたときだと思っていた。それならば、振り返る理由とモチベーションが揃う。そう、次のチャレンジのためだからだ。
しかし、次のチャレンジはぼくに訪れることはなかった。
それがないままに、10年という月日が流れてしまっていた。

宙ぶらりんのぼくの夢は行き場を失い、ぼくは挑戦に飢えていた。
それを本という形にすれば、中途半端で終えることはできない、本気で過去に立ち向かえるに違いない。
本を書こうなんて考えたこともなかった。誰かにちゃんと伝えたいとも思ったこともなかった。
それがなぜこういう気持ちになったんだろう?自分でも不思議だ。この変化がどうして起きたのか知りたかった。この10年の自分と向き合い、ぼくの1つの歴史として堂々と振り返ってみよう。そして、それを次の世代の人たちに伝えたい。受験仲間にも届けたい。そして将来は、ぼくの2人のこどもにも読んでもらいたい。
これはぼくの次なる挑戦でもある。
ぼくのぽっかりと空いた隙間が、埋まった。

何から始めて良いかわからないまま、手探りで企画書を書いた

2019年2月、ぼくは企画書として構想をまとめ、まずは知り合いに連絡を取ってみることにした。

企画書

すべてが初めての体験なので、どこから何をしたら良いか、さっぱり分からなかった。
こういうときは、先人たちやプロに頼るのが定石だ。宇宙飛行士選抜試験密着で今でも交流のある小原さん※1、宇宙ライターの林さん※2、そしてコルク代表の佐渡島さん※3と相談することとした。

※1 小原健右さん:切れっ切れのNHK科学記者。著書「ドキュメント宇宙飛行士選抜試験」「若田光一日本人のリーダーシップ ドキュメント宇宙飛行士選抜試験Ⅱ」。
※2 林公代さん:宇宙ライター。宇宙飛行士と親交が深く、多くの宇宙飛行士本を執筆。最近の著書は、『星宙の飛行士』『宇宙に行くことは地球を知ること』。
※3 佐渡島庸平さん:コルク代表。講談社で『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』など多数の有名作品を担当し、2012年に独立。クリエイター・エージェンシー『コルク』創業。

コルク佐渡島さんと動き始める

佐渡島さんとは、佐渡島さんがまだ講談社時代に、『宇宙兄弟』のちょっとした取材協力などをしていて、小山宙哉さんを囲んで食事会をしたこともあった。打診をした瞬間からポジティブな反応をくれた。
「会って作戦会議しましょう!」
久しぶりに会って、ぼくの企画を説明した。
すると、佐渡島さんから以下の鋭い質問が飛んできた。

「どうして今書こうと思ったのか?」
「NHKの本との違いは?」
「誰に届けたいのか?」

なるほど。大事な視点だ。
こういった編集目線のやり取りは、ぼくの心の中を整理するのにすごく役立った。
そして、ぼくからは、選抜試験での経験は、『宇宙兄弟』のストーリーと親和性が高いので、うまくコラボできないか?というオファーをした。

即決だった。
「やりましょう。書き始めましょう。興味を持ってくれる出版社を当たってみましょう。」
これが、宇宙兄弟Official Websiteでの連載、それに続く書籍出版に向けた大きな第一歩だった。
2019年4月1日のことだった。
(後編へつづく)

本記事は、宇宙メルマガ『THE VOYAGE』2020年10月号に掲載された記事に加筆・修正をしたものです。転載許可いただいています。
* 『THE VOYAGE』(星空への航海の意)は、宇宙開発・宇宙探査の各方面で活躍する方々の寄稿が読める無料・月刊メルマガです。登録はこちら

\(^o^)/スキありがとうございます!
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2008(~9)年第5期JAXA宇宙飛行士選抜試験ファイナリスト。宇宙船「こうのとり」初号機よりフライトディレクタを務め、9機連続成功に導く。現在、新型宇宙船開発に携わる。趣味:バドミントン、ゴルフ、虫採り(カブクワ)。宇宙船よりコントロールの効かない2児を相手に、子育て奮闘中。