【エバマガ2021-11/20回】宇宙飛行士を本気で目指すきみへ③ ~「月」について知ろう①~
ぼくにとっての「月」
日本では古くから「月」は親しみ深い存在でした。
月の神ツクヨミノミコト(月読命または月読尊)、中秋の名月、うさぎの餅つき、かぐや姫…
一方、海外では狼男が代表されるように、満月は人を狂わせるなどネガティブなイメージがあるようです。
そんな、昔から地球や人に大きく影響を与えてきた「月」が、有人宇宙開発における次の目的地として世界中から大注目を浴びています。その先にある火星を見据え、本格的に月周辺および月面における活動を立ち上げようとしているのです。
50年余前、アポロ計画で人類は月の地を踏んでいます。しかし、後に活動を続けるためのインフラは残しませんでした。「月」以遠へと段階的に活動を広げていく計画まではありませんでした。「月」がゴールだったのです。
そして科学の進歩が行われた今日では、その技術力を存分に投じることで、継続的な「月」周辺での活動ができる大規模インフラの構築を含め、次なる目的地「火星」の有人探査へとつながっていく、中継点として「月」周辺の開拓を進めていくことが、ISSの次の巨大国際プロジェクト「アルテミス計画」として、実現に向けて一歩一歩進められています。
前回の第5期宇宙飛行士選抜では、ISSの次は「月」という明言こそありませんでしたが、受験者の誰もが、選ばれたらISSの次に月へ行ける可能性が十分あるだろうと思っていました。13年前から当然のように意識していた次なる目的地、それが「月」なのです。
ぼくが生まれたのは、歴史的なアポロ・ソユーズドッキングが行われた年です。米ソ冷戦中の宇宙開発競争に終止符が打たれ、宇宙の平和利用の時代に移ったあとの世代ということになります。アポロの月着陸をライブでは体験しておらず、過去の偉業として知っているだけです。アポロ17号(1972年)以来、人類は「月」の地を踏んでいません。
ぼくたちが生きている時代に、再び人類が月の地を踏み、月面における様々な探査活動を行い月や地球の起源を解明し、さらには月面および月周回軌道上に恒久的に滞在できる拠点の構築まで成し遂げたいと、強く思っています。「月」までは地球の庭という状態にしたいですよね。
映画「アポロ13」でジム・ラヴェル(Jim Lovell)役のトム・ハンクスが、親指で隠しながら片目で月を眺めるシーンは、とてつもなくカッコイイと思っています。一人で月を眺めるときには密かによくやっています。また、1/6の重力下で飛び跳ねてみたいですよね。
ぼくの生まれ年の干支は「うさぎ」です。同じくうさぎ年の若田光一宇宙飛行士と、月で餅つきをしたいという密かな野望も持っていました。
最近の取材で2度ほど「一番好きな天体は?」という質問を受けましたが、「月」と答えました。
眺めるだけではなく、行ってみたいと強く思う魅力に満ち溢れた天体だと思います。
「宇宙」と同様に、ぼくは「月」にも魅せられているのだと思います。
「月」の成り立ちと不思議
人類が50数年前に足を踏み入れ、「かぐや」をはじめ探査機を送り込み調査も行っている地球に最も近い天体が「月」です。地球からも多くの方が夜空を見上げ、多くの天文ファンが「月」の写真を撮影しています。そんな最も親しみのある「月」は、まだまだ分からないことも多い天体でもあります。
地球の唯一の衛星であり、地球規模の惑星の衛星としては不自然に大きい「月」。その成り立ちはジャイアント・インパクト説が最も有力です。
原始地球ができて間もなくの45億年前、火星ほどの大きさの惑星が衝突し、ちぎれた地球が寄せ集まってできたのが「月」だと言われています。出来立ての原始地球の時期に、大きな原始惑星が斜めに衝突し、地球を破壊することなく、その衝突で生じた破片が地球の周囲を回る軌道上に残り、破片同士が合体して「月」が形成されたと考えられています。出来たばかりの「月」は地球から2万kmほどの距離だったと考えられており、今の38万kmと比較するとかなり近い位置にありました。
ジャイアント・インパクト説が最有力とされる根拠は、実は、50年前のアポロ計画の成果から得られました。
アポロ計画で持ち帰った計382kgの月の石の組成から、月と地球がほぼ同じ物質でできていることが分かりました。また、アポロの宇宙飛行士が月面に設置した反射器(レーザー反射鏡アレイ)により、月と地球の距離を精密にレーザー測定(月に向けてレーザーを照射し、その反射を計測することで距離を測る)できるようになったことで、月が地球の周りを回りながら1年に3.8cmずつ地球から離れていることが分かったのです。
これらのことは数十億年前に月が地球から分離していったことを示唆しています。
「月」には面白い特徴が2つあります。
「月」は地球からは表面しか見えません。公転周期と自転周期がぴたりと一致しているのです。
これは月の重心が表面側に偏っているためです。まだ月が地球に近かったころ、今よりも強い重力に引かれ、起き上がり小法師のように表面を地球に向け、そのままロックされてしまったと考えられます。
もうひとつ、月の表と裏の顔が大きく違うという特徴があります。月の表には“海”(平らな地形)が多く、裏は激しい起伏があるという違いがあります。地殻の厚さにも違いがあります。これを二分性と呼びますが、二分性が生じた理由はよく分かっていません。表面は地球を向き続けているので隕石衝突のクレーターが少なく、裏面は多いというのは非常にわかりやすいですが、そもそもなぜ重力の偏りが生じたのか?偏りがあるから二分性が生まれたのか、二分性が表と裏の差を引き起こしたのか?鶏が先か卵が先か?地球との相互作用がもたらしたものであることは間違いないでしょう。
空気も水の流れもない「月」では、太古の歴史がそのまま保存されています。
「かぐや」が取得したデータ分析から得られた特徴的なところを狙って探査機を送り込めば、月や地球の成り立ちにつながる発見が数多く得られることでしょう。
(参考:「月のかぐや」JAXA編(新潮社))
もしも「月」がなかったら?
ぼくはこの手の思考実験が興味深くて大好きなのですが、もしも「月」がなかったら地球に生命は誕生したでしょうか?
「月」が地球に与えるもっとも大きな影響は「月」の引力の作用でしょう。
「月」の引力が及ぼす潮汐の影響は生命の誕生を促したと言っても良いでしょう。潮汐は、海洋運動を生み出し、それにより海岸において有機体と無機体の混合と拡散が生じ、初期の生命が生まれました。初期の生命が二酸化炭素から酸素を作り出し、大気中の酸素濃度が上昇したために、陸における生命の発達につながりました。
また、「月」の引力のおかげで、地球の自転はゆっくりとなりました。「月」がなければ1日の長さは8時間ほどになると言われています。「月」がなければ、風の強さもずっと強力で、強いハリケーンが頻繁に吹き荒れるでしょう。
月がなかったら、地球に生命が誕生しなかったかもしれないですし、少なくとも今の地球とは全く違う惑星になっていたことは間違いなさそうです。
(参考:「もしも月がなかったら」ニール・F・カミンズ(東京書籍))
このようなことを想像するだけでもワクワクしませんか?
どれだけの奇跡が重なって地球に生命が誕生し、その生命が恐竜の繁栄を経て、人類が我が物顔に支配するに至ったのか。そして、その人類が、好き勝手に繁栄を続け、地球の環境に不可逆なインパクトを与え、科学の進歩とともに地球の成り立ちを知り、自分たちが犯した罪に気づき、SDGsとか脱炭素とか言いながら科学の力でなんとかしようと足掻いているわけです。
地球上の生物はこれまでも気候変動による大量絶滅を繰り返してきました。その絶滅危機を、わずかな突然変異種が生き延び、繁栄し、そして再び大量絶滅が起こる。そういった歴史を経て、何度も何度も種の入れ替わりが起きてきました。
人類は人類の手で大量絶滅を引き起こすかもしれません。もしかしたらその後生き延びる人類の突然変異種は、人類の火星への移住を計画しているイーロン・マスクがもたらすのかもしれません。
ん~~実に面白い!
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