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後編 この作品ができるまで

このものがたりは、スペースシャトルにあこがれて宇宙エンジニアになったぼくが、小さいころからの夢「宇宙飛行士」になるために全身全霊を傾けて挑んだ10か月におよぶ『宇宙飛行士選抜試験』への挑戦と、そして、その後の12年の葛藤を描いたものだ。宇宙飛行士選抜試験の受験者目線での追体験とともに、夢を追って挑戦することの熾烈さ、それを超越した素晴らしさを多くの方に感じて欲しいという想いを込めました。

試行錯誤のはじまり

2019年4月、コルクさんとのコラボ企画が立ち上がり、宇宙兄弟サイトでWeb連載をしてから書籍出版するという方向性で活動を開始した。
20年近く宇宙技術者をしてきて、技術レポートは山のように書いてきたが、このようなエッセイを書いたことはない。
ぼくのド素人作家業の試行錯誤がはじまった。

まず所属会社であるJAXAで社内調整を行った。
人事部担当と掛け合い、「未来のヒビト・ムッタを生み出そうプロジェクト」(仮)という活動内容で、通常業務とは切り離した、仕事外の時間で行う(兼業)決断をした。
そして、第5期宇宙飛行士選抜でJAXA選抜係事務局長を務め、「宇宙飛行士という仕事 選抜試験からミッションの全容まで」(中公新書)という自身の著書も出されていた柳川孝二さんに話を聞きに行った。すでにJAXA OBになられていたので仕事後に御茶ノ水で落ちあい、一杯やりながらいろいろとお話を聞かせていただいた。
正直、完全兼業で活動することに不安な気持ちを抱いていたのだが、柳川さんに大きく背中を押してもらった。

「興味を持ってくれた出版社の編集担当がいる」と佐渡島さんから連絡をもらったのは、2019年6月だった。
すぐに日程調整をし、コルクで初対面したのが6月28日。SBクリエイティブの坂口惣一さんだ。そしてコルク側でぼくの本を担当してくれることになったのが仲山優姫さん。NASA JPLの小野雅裕さんの「宇宙に生命はあるか」(SBクリエイティブ)の大ヒットを手掛けた黄金コンビ。
意外だったが、2人は特に宇宙に詳しいわけでもなかった。ぼくにとっては、それが逆に新鮮。ぼくのような技術畑しか歩んだことのない宇宙野郎が、広く一般向けの本づくりにトライするにはとても良かった。この2人は、これから長く続く作品づくりの中で、技術や専門に行きがちなぼくを、向かうべき方向に導いてくれることになる。
書籍の方向性や全体構成をあれやこれや相談しつつ、ぼくは少しずつ書き進めていった。
並行して、坂口さんはSBクリエイティブ内で企画調整をし、企画を通してくれた。
2019年12月3日、晴れてこの3人4脚(?)での活動開始となる最初の対面での決起集会を行った。
20年間、自分の感情などむしろ一切書き入れてはいけない技術資料しか書いてこなかったぼくが、初めてエッセイに挑戦するということで、仲山さんが何冊かの参考図書を紹介してくれた。
そのうちの一冊、山野井泰史さんの「垂直の記憶」(ヤマケイ文庫)を、ぼくはさっそく読んだ。仲山さんは「内山さんに似ているかも」と勧めてくれたのだが、ぼくは「山野井さんほどはクレイジーではないですよ(とてもとてもそこまで特殊に突き抜けるところまで行ってはいないという意)」と感想を返したことを覚えている。

編集会議と読書会

2020年1月8日、Zoomによる編集会議1回目。
このあと、約月1ペースで4月中旬まで5回行っていった。2人の編集のプロによる厳しくも新鮮なフィードバックは、毎回「そうか、なるほど!」と唸らされるものばかりだった。読ませる文章、心に届く文章の奥深さを少しずつではあるが、勉強していった。
特に、「事実ベースの日記のようで“感情の動き”が書かれていない」「“感情の動き”のある部分は深く掘り下げ、逆に、ない部分は全カット(!?)」というコメントから、ぼくの12年間心の底に秘めていた内面がさらけ出されることになり、どんどん丸裸にされていく感覚だった。

まだまだドラフトながら大体半分が書き上がった4月下旬、仲山さんから提案があった。
「読書会やりませんか?」
「は?何ですか?読書会って???」
リリース前の作品を章ごとに読書会グループに共有し、読んでもらって感想をもらうという会だ。
(参加してくれる人がいるのだろうか?)
「何か特典がいりますよね?」というぼくの疑問に対し、仲山さんからは「そういう利害関係がある関係は長続きしないものです」。
確かにそういうものかもしれないな…と思いつつ、やっぱり継続的に参加してくれる人がいるのだろうかというのは、ずっと不安だった。
正直、1回目をやってみても、まだ不安は残っていた。
章ごとにリリースし、読んでもらって、感想や質問をもらう。毎回10名程度が参加してくれた。
ゴールデンウィーク中に2回目をやったとき、「なんだか、これはいいぞ!」と気がついた。どこに興味を持ってくれたのか、どこが良かったか、読者の興味が分かるのだ。加えて、心に響いた点や面白かった点などをフィードバックは、試行錯誤で何が良いのか不安だらけのぼくのモチベーションにつながった。

読書会に対する見方が大きく変わった。
特に、ぼくのような作家業見習いにとっては超絶素晴らしい機会だった。作品を世に出す前の段階で、本気で興味を持って読んでくれる人からのレビューを直接もらうことができ、それを作品に反映させることができる。
そうか、そうか。そう読まれるか。そういうところが刺さるのか。
作家業見習いのぼくには目から鱗の連続だった。
レビューの質があまりに高かった読書会では、編集のプロ2人が「今回はヤバかったですね」と唸った。

読書会アイキャッチ_合成

また、大きな気づきを得られたこともあった。
「ファイナリストの関係性」だ。
「ずっと読んできて、バチバチのライバルだったのはずのファイナリスト同士がこんなに仲がいいはずがない、きっときれいごとだろうと思っていたけど、この絆は本当だったんだと分かりました。ごめんなさい。」
当事者のぼくとしては、これまで違和感を感じてこなかったので、このことはぼくにとって大発見だった。
これこそ、NHK本と一線を画すことができる、受験者のぼくだから書けることではないか。実は世間の人たちが知らない/気づいていないこと。
この宇宙飛行士選抜が持つ不思議な力を、体験したぼくが伝えるべきではないか!

閉鎖後集合写真

読書会は全7回。作品の全章を先行リリースして読書会メンバーに読んでいただいた。読書会からWeb連載(そしてきっと書籍になるまで)で作品がどう変わったのかチェックする人まで現れた。それを楽しみにしていると。
作品を作るというプロセスを一緒に楽しんでくれる仲間がいる。本当に嬉しいことだ。

Web連載のドキドキ

2020年6月16日、ついにWeb連載開始までこぎつけた。
最初のつかみはとても大事だ。
初回オープニングは、心が最も揺さぶられたシーンを映像的に思い浮かぶように、ぼくがこの本を通じて伝えたい想いを、「第0章 指先まで触れた夢」と題して書き下ろした。
想像以上に反響があった。Twitterのフォロワーもかなり増えた。

8月25日にはAmazon予約開始!を大々的に宣伝し、発売3か月以上前にベストセラーマークをつけさせてもらった。まだ、作品が仕上がってもいないのに、予約していただいてベストセラーマークがつく、まるで詐欺行為を働いているかのような罪悪感を味わった(笑)
毎週火曜日更新という締め切りに追われる日々に苦しむこともあったが、しっかりと毎週更新を続けることができた。これも読んでいただいた方からの応援の声の支えがあったからだ。
「敢えて毎週の連載を読まず、書籍発売を心待ちにしています」という方もいた。本当に嬉しかった。
Web連載を開始してからこれまで23回(11月21日時点)を数える。あと、4回ほど続き、完結する予定だ。

来年秋(2021秋)、宇宙飛行士募集!

ちょうど「あとがき」を書き終え、気持ちの区切りがついたとホッと一息ついたその2日後の10月23日のことだった。萩生田文科大臣と若田飛行士というダブル光一ペアから来年秋の宇宙飛行士募集の発表が行われた。
これまたぼくにとっても突然のことだった。
なんというタイミングだろうか?ようやく書き上げた矢先に(笑)
ただ、こんなビッグニュースを外すわけにはいかない。慌てて追記作業を行った。

この発表を聞いたとき、2008年の募集発表時に感じた、毛が逆立つような感覚や高揚感、湧き上がる緊張といったものはなかった。その一方で、前回は受験資格がなく待ちに待っていた若者たちは、夜眠れないほどの興奮を覚えていた。そう、リアルなターゲットを目の前にすると緊張が走るよね。
期せずして、ぼくの心は次に向いていることを確信した。

ちなみに、募集開始予定の1年前に公表されるという初のシチュエーション。(これまではせいぜい1ヶ月)
しっかりと準備していただく期間を取ることで、たくさんの優秀な方に挑戦して欲しいというJAXAの最大限の配慮である。ぜひ有効に、そして有意義に使って欲しい。
ぼくも急遽、宇宙飛行士挑戦エバンジェリスト活動を+1年延長することに決めた。noteでの情報発信を行っていくので、ぜひこちらにも注目をお願いしますm(_ _)m

noteはじめました

たくさんの協力があったからこそできた作品

こうして出来上がった作品を見てみると、とてもぼくが書いたとは思えない出来になっていた。決してひとりで書くことはできなかった。たくさんの人の力をお借りしたその結晶がこの作品だ。
ぼくの宇宙飛行士への想いのすべてが詰まった宝物になった。
構想からここまで1年10ヶ月。これほど長い期間をかけたからこそ、いや、そこまでかけなければこの12年は振り返ることができなかったかもしれない。

Web連載は、宇宙兄弟とのコラボ感を色濃く打ち出し、「宇宙兄弟」とリアルを行き来できるような作りにこだわった。一方、書籍は、一冊の本としてのまとまりを大事にし、全章にわたり校正をかけた。
さらに、書籍特典として、4ページの巻頭写真集、新しく書き下ろしたコラムを追加、そして「はじめに」から「おわりに」に至るまで、すべての文字に全集中を込めて書き上げた。
細部にわたってこだわり抜き、最初の1文字から最後の1文字まで楽しんでいただけるものに仕上がった!と自信を持ってお届けできる。

ぼくの最初で最後の渾身の作品、ぜひ手に取ってみてください!

本記事は、宇宙メルマガ『THE VOYAGE』2020年11月号に掲載された記事に加筆・修正をしたものです。転載許可いただいています。
* 『THE VOYAGE』(星空への航海の意)は、宇宙開発・宇宙探査の各方面で活躍する方々の寄稿が読める無料・月刊メルマガです。登録はこちら
\(^o^)/スキありがとうございます!
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2008(~9)年第5期JAXA宇宙飛行士選抜試験ファイナリスト。宇宙船「こうのとり」初号機よりフライトディレクタを務め、9機連続成功に導く。現在、新型宇宙船開発に携わる。趣味:バドミントン、ゴルフ、虫採り(カブクワ)。宇宙船よりコントロールの効かない2児を相手に、子育て奮闘中。